10/5
【コラム】守るべきもの
第二話 それぞれの「守りたいもの」
数日後。
祖母の家の庭には、金木犀の甘い香りが漂っていた。
縁側には温かいお茶が二つ並び、少し冷たくなった秋の風が庭木を揺らしている。
しばらく世間話をしていた父は、湯飲みを置くと、意を決したように口を開いた。
「母さん。このお墓……これからどうしようかと思ってるんだ」
祖母の手が止まった。
「どうするって?」
父は、できるだけゆっくりと言葉を選んだ。
「俺が元気なうちはいい。でも、その先のことを考えたら……墓じまいも、少し考えておいた方がいいのかなって」
祖母の表情が曇った。
「お墓をなくすの?」
その一言に、父の胸は痛んだ。
父が考えていたのは、先祖を粗末にすることではない。
むしろ、この先もきちんと供養を続けていくためだった。

しかし祖母にとって「墓じまい」という言葉は、大切な夫の居場所をなくしてしまうことのように聞こえた。
その日の夜。
父は県外で暮らす娘に電話をした。
「おばあちゃん、やっぱり嫌みたいだ」
少し間を置いて、娘は父に聞いた。
「お父さんは、どうしたいの?」
父は、すぐには答えられなかった。
自分が楽をしたいわけではない。
先祖を大切にしたくないわけでもない。
ただ、娘や、その次の世代にまで「守らなければならないもの」として残したくはなかった。
「誰かが困る未来には、したくないんだよ」
父は、ようやくそう言った。
電話の向こうで、娘も黙った。
娘にも迷いがあった。
あのお墓をなくしたら、祖父との思い出まで薄れてしまうような気がする。
祖母と並んで歩いた坂道。
線香の匂い。
秋になると買ってもらった栗まんじゅう。

どれも、娘にとって大切な記憶だった。
けれど同時に、自分が遠くに暮らしている現実も分かっている。
父が年を重ねた後、自分がどれだけ通えるだろう。
三人とも、考えていることは違うようで、本当は同じだった。
「大切な人を、これからも大切にしたい」
ただ、その守り方が違っているだけだった。
そして数日後。
三人は、もう一度一緒に墓参りへ行くことになった。
その日、祖母の口から、父も娘も想像していなかった言葉がこぼれる。
つづく

