2026
9/21

【コラム】母からの遺言状

その日母が母が亡くなった。
私たちが小さなころから元気で、お茶目な母が突然亡くなってしまった。

父は3年前に亡くなっており、お葬儀は私たち子供、長女49歳、長男46歳、次男40歳の3人でつつがなく終えた。


私たちの家にはお墓がなく、父の遺骨についても、母と子供たちで「これからどうしようか」と、ゆっくり考えていたところだった。

母は昔から、何でも笑いに変えてしまうような人だった。

父が亡くなったときも寂しかったはずなのに、

「お父さん、しばらく私のそばにいてもらおうかね」

そう言って、自宅に置いた父の遺骨の前に毎朝お茶を供えていた。

私たちも、そんな母の姿を見ながら、いつかは納骨先を決めなければと思っていた。

「お墓を建てるのか」
「永代供養がいいのか」
「納骨堂という方法もあるらしい」

兄妹で話題にすることはあっても、結論はいつも、

「まあ、お母さんの気持ちを一番にしよう」

だった。

けれど、その母の気持ちをきちんと聞く前に、突然のお別れが来てしまった。

葬儀を終え、静かになった実家。

祭壇には父の写真と、母の写真が並んでいた。


その二人を見ながら、私は初めて思った。

「お父さんとお母さん、これからどこで眠るんだろう」

それは、残された私たち3人が初めて向き合う、家族の宿題だった。

第2話 3人の答え

母の葬儀を終えて少し経ったころ、私たち兄妹は実家に集まった。

目的は、父と母の納骨先をどうするか決めることだった。

長男は言った。

「せっかくなら、お墓を建てるのもいいんじゃないか」

次男は少し考えてから、

「でも、俺たちもずっとここに住むとは限らないよ。子供たちに管理を残すのもなあ」

と答えた。

私は母が以前、何気なく言っていた言葉を思い出した。

「お墓って、建てた後も大変なんでしょう? あんたたちに迷惑かけるのは嫌だねえ」

ただ、それが母の本当の希望だったのかは分からなかった。

永代供養墓、樹木葬、納骨堂。

調べてみると、今はさまざまな選択肢があった。

「お父さんとお母さんは、一緒の方がいいよね」

それだけは3人とも同じ意見だった。

父と母は、決していつも仲良くしていたわけではない。

父が怒れば母が言い返し、母が拗ねれば父が黙る。

それでも、買い物へ行くときはいつも二人。

旅行へ行くのも二人。



父が亡くなった後、母はよく、

「お父さんがいないと静かすぎるね」

と笑っていた。

「二人を離れ離れにはしたくないね」

私はそう言った。

けれど、どこへ納めるのが正解なのか。

私たちは、なかなか答えを出せずにいた。

第3話 母が残したもの

ある日、私は母の部屋を片付けていた。

服や写真、古い手帳。

捨てていいものと残しておきたいものを分けながら、引き出しを一つずつ開けていった。

すると、一番下の引き出しから、見慣れない封筒が出てきた。

表には母の字で、

「子供たちへ」

と書かれていた。

胸がざわついた。

その日の夕方、兄と弟を呼び、3人で封筒を開けた。

中には数枚の便箋と、書類が入っていた。



便箋の最初には、こう書かれていた。

「これを読んでいるということは、私もお父さんのところへ行ったのかな」

いかにも母らしい書き出しだった。

思わず3人で笑った。

でも、その次を読んだ瞬間、誰も言葉を発しなくなった。

「お父さんのお骨のこと、みんなで心配していたでしょう。でも大丈夫です」

そして、

「私が亡くなったら、お父さんと二人で同じ場所に入れるようにしてあります」

と続いていた。

封筒の中には、ある納骨堂のパンフレットと契約書の控えが入っていた。

母は私たちに何も言わず、父と自分が二人並んで納まれる場所を見つけ、すでに契約まで済ませていたのだ。

最後には、

「あなたたちが困らないように、これくらいは親としてやっておきます」

と書かれていた。

涙を流しながら、私は思った。

最後まで、本当に母らしい。

第4話 二人並んで

母が残した契約書を手に、私たち3人は納骨堂を訪れた。

静かな館内を案内してもらい、母が契約していた場所の前に立った。

そこは、父と母が二人並んで納まることのできる場所だった。

「お母さん、ここを一人で見に来たのかな」

弟がつぶやいた。

きっと母は、父のことを思いながら、ここを見ていたのだろう。

そして、自分が亡くなった後の私たちのことまで考えていた。

遺言状の最後には、こう書かれていた。

「お父さんと一緒なら、私はどこでも安心です。あとはあなたたちが仲良く暮らしてください」

兄が笑った。

「最後まで俺たちの心配かよ」

私たち3人に反対する者はいなかった。



「お母さんが決めた場所なら、ここにしよう」

父の遺骨と母の遺骨は、母が生前に選んだ納骨堂へ納めることになった。

納骨の日。

二人の遺骨が並んだのを見て、不思議と寂しさだけではない気持ちになった。

「お父さん、やっとお母さんが来たよ」

私は心の中でそう話しかけた。

父が亡くなってから3年。

母は、自分がいなくなった後に家族が迷わないよう、自分たちの最後の場所を自分で決めていた。

帰り道、弟がぽつりと言った。

「俺たちも、いつか子供たちと話しておかないとな」

母が残したのは、納骨堂の契約だけではなかった。

「自分の最後を、家族と考えておくこと」

それが、母から私たちへの、本当の遺言だったのかもしれない。

家族で話しておくということ

お墓や納骨のことは、元気なうちはなかなか話題にしづらいものです。



「まだ先のことだから」
「縁起でもないから」
「そのとき家族が考えてくれればいい」

そう思う方も少なくありません。

けれど、大切な人を亡くした直後のご家族は、悲しみの中で葬儀や手続き、供養の方法まで多くのことを決めなければなりません。

だからこそ、元気なうちに、

「自分はどうしたいのか」
「家族はどう考えているのか」
「お墓を残すのか、納骨堂や永代供養を選ぶのか」

そんな話を一度でもしておくことには、大きな意味があります。

すべてを決めておく必要はありません。

「私はこう思っているよ」

その一言があるだけでも、残された家族にとって大きな道しるべになります。

終活とは、自分のためだけにするものではありません。

大切な家族が、いつか迷ったときに困らないように。

これからのことを家族で話し合う時間そのものが、家族への優しい贈り物なのかもしれません。

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